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Spinnup アーティストインタビュー:Jhonatan(ジョナタン)後編

Spinnup Japanを通じて見事メジャーデビューを叶えたJhonatan(ジョナタン)のインタビュー後編を公開。ペルーと日本のハーフとして育ってきたこと、ゲイであることを公にカミングアウトすることによって長らく向き合ってきたマイノリティという生き方について、そして、デビュー曲に込められた想いを率直に語ってくれました。「ふつうに生きること」で世界を変えようとする彼の行動と、その切なる願いが込められた楽曲に勇気づけられる人がたくさんいるはずです。

 

 

ハーフとしてペルーで生まれ、日本にはいつから住んでいるのですか?

6歳のときに、家族で日本に来ました。しばらく関西に住んでいたので、実はこの顔立ちでめっちゃ関西弁なんです。だからいつもビックリされますね。

 

ハーフとしてのアイデンティティについて

日本に住んでいると、どうしても見た目の面から、あまり”日本人”として扱われることはないんです。それが自分にとって都合がいいときもあれば、ネガティヴに作用することもある。同じようにペルーにいるときは、スペイン語がどれだけうまく話せても、”ペルー人”と名乗るには身体に染みついているなにかが「十分ではない」ような気がしてしまう。日本にいても、ペルーにいても、どちらにも完全に属せないということ、自分のアイデンティについて悩んでいた時期もありました。でも今は、自分がどちらでもない第三者としての立場でいられるということが、音楽をやっていく上で役に立っているように思います。

 

マイノリティとして日本で暮らしてきて感じた生きづらさは?

日本に来たばかりの頃は、周囲と違う扱いを受けることがすごく嫌でした。成長するにつれて、それが少なからず誰しもが抱えている感情なんだと気づきもしましたが、子どもの頃は特に、どうにか周りに溶け込みたい、悪目立ちしたくない、仲間外れにされたくないという気持ちが人並み以上に強かったと思います。そうやって、マイノリティであるという自覚を持って日本で育ったことで、人とは少し違った視点で物事を捉えるようになった。最近はようやくそれが自分の強みだと思えるようになって、気に入っているんです。

 

アーティストとしてセクシュアリティをカミングアウトしようと思ったきっかけは?

自分の音楽を聴いてもらうにあたって、自分がどんな人間かを知って欲しいという気持ちが、1番強い動機でした。それに大層に聞こえるかもしれないけど、自分が音楽をやっていくのであればなにかしらの形で社会に貢献したいという思いもありました。10代の頃は、自分自身のセクシュアリティに関する情報を得ることが、現在よりもっと難しかった。両親や友達にはもちろん相談できなかったし、自分ひとりで抱え込む時間がどうしても長くなってしまって。人を好きになるだけで「自分って気持ち悪いのかな?」って思う感覚って、本当に最悪なんですよ。だから、カミングアウトをした上で音楽活動をするということは、自分にとって「ふつうに生きていく」という覚悟なんです。ぼくが「ふつうに生きる」ことで、今後出てくるであろうぼくの後輩だとか、次の世代の人たちで、自分と同じような悩みを抱えている人たちが、少しでも自分自身を受け入れやすい環境で、音楽だけではなく、いろんなことができるようになってほしいと思うんですよね。

カミングアウトをしたぼくは今、家族や友達に受け入れてもらって、有難いことに不自由なくやっていける。それでもまだまだ社会の理解というものは足りていないと思うし、LGBTというトピックに接する機会そのものが少ない人も多いと思います。そういう人たちに対して「もっと理解しろよ!」とか「なんで嫌うんだよ!」という気持ちを無理やり押し付けたいわけではなくて、ただ「こういう人もいるんだ」と知っていてもらいたいんです。そのためには、セクシュアルマイノリティであることを当たり前のこととして生活している人たちがある一定数増えてこないと、現実的に難しい。だから、ぼくが生きている間に社会が変わるかどうかはわからないにしろ、とりあえず自分にできる行動を起こしてみようと思って、震えながら動画をアップロードしました。今となっては懐かしいですけどね(笑)

 

 

日本がマイノリティにとってより生きやすい社会に変わるためには?

やっぱり中学生くらいの時に、「お前ホモかよ」と、冗談半分にからかわれるようなことがあって。今思うと、その子はただふざけていただけで、本当に悪意を持ってそれを口にしたわけではなかったと思うんです。ただ、当事者であるぼくからしたら、その言葉を耳にするだけで、いつも高いところから落ちるときみたいに心臓がギュッと縮こまるような感じがしていました。もちろんネガティヴな意味合いで揶揄されているから、そう言われたときにはとりあえず「ちがう」と返さなくてはいけなかった。でもそれは、自分自身を否定することと同じで。そういうのを中学生くらいの年齢で経験するというのは、実はかなりしんどいことなんですよね。

ぼくの場合は、自分がゲイであると認識する以前から、ハーフであることに対するコンプレックスもあったので、みんなと違う扱いを受けて否定されるということがすごく怖かった。でも、子どもたちは最初から自分と違う人に対しての接し方を知っているわけではないですよね。学校で教えてくれないことに関しては、周りの大人の影響を受けて、学んでいくんです。ぼくをからかっていた子も、親かもしれない、テレビかもしれないけれど、ゲイであるということをネガティヴなものとして、知るきっかけがあったはずなんです。だから、ぼくは今ある差別というのも、全部誤解みたいなものだと思っているんです。

もちろん実際は言葉にするよりもずっと難しいことなんですが、当たり前に女性男性が平等に尊重される社会とか、当たり前に個々の違いを尊重しあえる社会になるためには、子どもたちに手本をみせていかなければならない。それを実現するためには、ぼくを含めた当事者である人たちが、ぐっと覚悟をして、お互いに対する偏見というものにひとつひとつ丁寧に向き合っていかなくてはいけないと思うんです。人の数だけ考え方はあって、ひとりの人や、数百人が訴えたところで、問題がすぐに解決することではない。だからこそ、本当に時間をかけて、自分と他人との違いを見つめ合うことが大事になってくると思います。ちなみにこれは日本だけのことではなくて、世界中どの国にとっても同じように言えることだと思います。
 

デビュー曲「So Far Gone」に込めたメッセージは?

とにかく「生きろ」っていう(笑)「So Far Gone」はもともとあった「Far So Gone」という曲をアレンジしなおしたものなんですが、同じ曲でもかなり違った雰囲気に仕上がっていて。もともと「Far So Gone」には、どちらかというと悲壮感強めの、悲しいイメージがあったんです。上京して音楽を頑張ろうと思っていた頃、理想の自分と実際の自分の立ち位置のギャップに苛立ちや悔しさが募っていた時期に、曲ができたので。

そもそもぼくは、曲を書くときにテーマを明確にしすぎないほうが好きなんです。自分にとっての人生観や恋愛について書いた曲も、リスナーさんの想像力や生きてきた経験に基づいて、受け手次第で楽曲がまったく違う姿に変わっていくというところに、音楽のチカラを感じるので。だからデビュー曲の「So Far Gone」は、自分としては恋愛の曲のつもりで作ったわけではないけれど、すごく切ないラブストーリーですねと言われたりする。

それから、「カッコいい自分になれる」と言ってもらえることが多いことが、すごくうれしいです。ぼくがそうだったように、理想の自分と現在の自分のギャップにつらくなることがあっても、少しずつでも進んでいかなければ結局は変われない。「がんばって生きろよ!」ってことを自分に言い聞かせながら作ったので、それが1番のメッセージです。それがいろいろな方に違う伝わり方をしつつも、誰かの背中を押すことができているっていうことを聞くことができて、やっぱり自分にとってリスナーさんの存在は偉大だなあと思います。

 

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